わからない

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 新入社員のFさんは年は三十の半ばを越えたところだというが、落ち着いた物腰と丁寧な仕事振りで入社当時から皆からの人気は高かった。とはいえ、既婚者ばかりの職場の中で人気があったから、どうということはなかった。  Fさんは前職を辞す際に連れ添った妻と離縁したと言うので、その話題には触れてはならないという暗黙の了解はすぐに出来上がった。時々調子のいい社員が軽いノリでその理由を問い掛けたりすることもあったが、Fさんは穏やかに笑って色々ありまして、と実に礼儀正しくお茶を濁すので、いつしかその話を聞く人も居なくなった。  その年の社員旅行である。自由参加だとは言ったのだが、どうせ休日に打ち込む趣味もありませんからとFさんは二つ返事で了承した。例年社員旅行では馴染みの温泉宿に赴き、身体を休めたり騒いで酔い潰れたりする以外にすることなどないが、参加する者はそれなりに皆楽しみにしていたので、人当たりのよいFさんの参加は喜ばしいことだった。     
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