わからない

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 列車の旅を楽しみ各自が温泉に身を浸したり温泉街に繰り出し遊びに興じる中、Fさんは一人ふらりと姿を消した。夕飯には戻りますから、と幹事に伝えてすぐに居なくなったと言うので誰も後を追うこともできず、散策なら誘ってくれても良かったのにと軽い愚痴をこぼしたりもしたが、Fさんは言葉通り夕飯の始まる少し前に宿へ戻りお湯は如何でしたかいい土産はありましたか、などと相変わらずにこにこと皆に声を掛けていたので、それを直接咎める人間は特にいなかった。Fさんは飯の前に風呂を浴びてきますと一旦部屋に戻り、大広間に現れたときは着慣れない宿の浴衣を世話焼きの女性社員に直されて照れ臭そうに笑っていた。  飯を食い夜も更け、座に適度に酔いが回りテンションがあがってきた頃、若い社員の一人が実はこの宿には怖い話があって、などと言い出した。それを聞いて苦手な者たちは遠慮しますと言って席を立ち、怖がっていると思われたくない強がりの者や余興として楽しもうという者だけが大広間に残った。その中には、Fさんも居た。相変わらずにこにこしている。  宿の怪談から始まり、何故だか残った社員たちで行う百物語のような流れになり、私も昔乗ったタクシーの運転手から聞いたありきたりな怪談を一席打った。大して受けは良くなかったが、それはその場に居た誰もが同じで、それほど怖くも無い話を語りなんだそれはとけらけらと笑い合った。そして、Fさんの番になった。 「大した話ではないのですが」  Fさんはその物腰と同じく柔らかく、淡々とした語り口である。 ***     
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