わからない

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 上がった、と言います。その時は一瞬分からなかったのですが、まあ沈んだから上がったのでしょうというのは今なら分かります。詳細を伺い電話を切り、慌てて奥様に連絡しました。そうしたら相変わらず、冷静な様子ではあったのですが今からすぐにそこへ行くというので、流石にそれは危険だろうということで社を代表して私が奥様を現地にお連れすることにしました。車を取りに家に帰ったときに妻に、まあ当時の妻ですが、その旨を告げると訝しげな顔をされましたが、事情が事情なだけに手早く着替えやら軽食やらを整えて持たせてくれました。できた妻だったんですね。  奥様をお迎えに上がってからY県まで向かいました。助手席に乗られた奥様は凛とした横顔をされておられましたが、それでも少し蒼褪めているように見えました。無理も無いことだと思います。不倫旅行に出かけたという夫が見知らぬ土地で亡くなったかもしれないというのですから。声を掛けるのが正しいのか黙っているのが正しいのか分からず、結局私は黙ったまま車を走らせました。結構な距離のドライブになったのですが、奥様はその間一言も口をきかずにおられました。  現地に着き警察署の方に案内され、同僚との対面となった訳ですが、そこに至って奥様が真っ青になり、とうとう倒れられてしまいました。よほど気を張っていたのでしょう。これでは面会もままならんだろうということで、確認は私に一任されました。正直気は進みませんでしたがここまで来て無理ですとも言えず、同じように倒れてしまうのも情けない話です。意を決し遺体の安置されている部屋へ通されました。     
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