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水死体を見たことのある方はいらっしゃいますか?そうですか。あれはね、もう、何と言いますか、まあ食事の席ですから…はい。ひどいものです。あれだけ見目が変わってしまうと正直、間違いなく同僚ですとは言えませんでした。それでも、遺体の隣に並べられた免許証や彼の自慢していた腕時計などから同僚に間違いない、と答えました。流石に気持ち悪くなってしまって、その後すぐに部屋を出たのですが待ち構えていた奥様にどうでしたか、と問われました。その時の奥様は取り乱していたように思えます。黙って首を振ると、奥様は今度は気丈にも顔を青くしながら踏ん張って立っていたのですが、私がおくやみの言葉を告げるととうとう立っていられなくなったらしく、私に縋り静かに涙をこぼしておられました。
***
そこでFさんは口を閉じた。長くはあったが怖い話ではない。少々拍子抜けした空気の中、若い社員が声を上げた。
「終わりですか?」
「ええ、まあ」
Fさんは曖昧に頷いて、コップの底に残っていたビールをぐいと煽った。これで完全に座は白けてしまった。さあならばお開きにしますかとそれぞれに席を立って行く中、名残惜しそうにFさんは手酌で酒を飲んでいる。
「戻らないのですか」
酔っ払いたちが街に繰り出すというので、出歩くのも億劫になった私はFさんに声を掛けた。お疲れ様でした、と私を見てFさんは、いつもどおりの穏やかな笑みを浮かべている。
「今の話、本当にあれで終わりなんですか」
「ええ、終わりですよ」
「ちっとも怖くありませんでした」
「そうでしょうね」
のらりくらりと私の話をかわしながらFさんは変わらず手酌でコップを空けていく。意外と酒に強いのだな、と思った。すぐに潰れてしまうだろうと私は勝手に思っていたので、これは予想外だった。
「実は、その同僚さんの旅行先が此処だったのではないですか」
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