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知っている
合法的かつ合理的、そして安楽に命を絶つ手段のシステムを構築すればいい、とUさんは言った。彼とは、かつて私が世話になったK氏の葬儀の席で隣り合った。
K氏はかつて私が勤めていた会社の上司で、不機嫌そうな表情ながら部下の一人一人に気を配り、それでいて余計な口を出さない、私にとっては理想の上司であったように記憶している。その無愛想さ故に彼を好まぬ人間も、それはそれで一定の数は居たが。
「ですがしかし、それは人道的に」
「まあ、それも所詮人の決めたルールです」
およそ葬式の席で語り合うには不釣合いな話だろう。互いに神妙な顔をしてはいるが。
「商売にしようと考えたこともあります」
「商売に」
なんとも不遜な話だ。
「人の生き死にをですか」
「ええ、まあ」
大体の人はここで不快感を示します。とUさんは言う。それはそうだろう。私も、こんな場所でなければ不快を示して席を立ったかも知れない。けれどここは焼香の場で、そんな態度を取れば一気に注目を集めてしまうだろう。それは、避けたかった。故人を穏やかに送りたかった。顔を上げると、薄ぼんやりとした色の菊花に囲まれたK氏の、どこか不機嫌そうな遺影が目に入る。笑わぬ人であったのだろうか。家族なら、笑顔くらいは見たこともあったのであろう。
数ヶ月ほど前に、K氏が倒れ不随の身体になったと昔の同僚から聞いた。そこから今日の日に至るまで、家族の苦しみもいかばかりであっただろうかと思う。いつ治るとも分からぬ―――この場合はいつ逝くとも、というべきか―――家族を抱えて、その不安は計り知れぬものである。だからこそ、訃報を聞いたときには不謹慎ながら少なからずよかった、と思ったものだ。
「不謹慎だ、と言われます、大概は」
「そりゃあ」
それはそうだろう。Uさんは遺影を見据えている。
「ただ、そんな方法はある、と」
「方法が」
「知っていると知らないのでは雲泥の差です」
Uさんが立ち上がった。パイプ椅子がかたんと音を立てる。順番が回ってきたらしい。そういえば彼はK氏とはどんな繋がりなのだろうか、聞きそびれてしまった。K氏の奥方が、Uさんを見て深く腰を折り頭を下げたのが、なんだか印象的だと思った。
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