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(もうわずかだ)
一樹は珠子と過ごしてきた生活を回想する。
お嬢様として下から見上げていた珠子を、今は兄として上から見下ろしている。
自分では何もしていないのに上になったり下になったりする形式に、違和感を覚えざるを得ない。
(身分か……)
藤井男爵家は爵位のほうでは低く、財政状況はあまりいいと言えない。
そのため選ばれる妻は身分よりも裕福であるかが決め手になると噂されている。
実際、現男爵夫人は豪農の出で広大な農地を持っており食料はそこからまかなっている。
珠子は多くの持参金と男爵家の立て直しを行うための材木提供が沢木屋からあるようだ。
この婚姻は浩一が決めたものではない。
浩一の姉が沢木屋の箔をつけるために持ってきた縁談話だ。
最初は身分違いで苦労をするだろうと浩一は反対をしたようだが、
縁談相手の文弘に会うと、身分の高い割には気取らず、珠子を大事にしたいと話す柔らかな物腰に、安堵を得て縁談を承知した。
話の通りのような人物であって欲しいと一樹も願う。
身分が高く、裕福であればあるほど自分では選べない婚姻に、一樹の心は暗く沈むのだった。
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