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藤井家に男の子が生まれた。
元気の良い丸々とした赤ん坊で吉弘と名付けられた。
キヨは安産で産後の肥立ちもよく、乳もなかなか出るようで吉弘はすくすくと大きくなり、高子も文弘も可愛がっている。
珠子も赤ん坊を抱いたりあやしたりしたかったが、キヨへの遠慮と部外者感がそれをさせなかった。
高子はキヨが子供を手放さなくなることを恐れて、産まれたらすぐに乳の出る乳母を探し、吉弘にあてがう予定だった。
しかしキヨのほとばしる様に出る乳にかなうものはなく、しばらくこのままということになっている。
吉弘の首が座り始めると、高子は自ら抱いて庭を散歩し、珠子にも抱かせた。
「ほら、珠子さん。吉弘さんですよ。抱いてやりなさい」
「は、はい」
腰かけたまま膝の上にそっと吉弘は柔らかい布地にくるまれたまま置かれる。
壊れやすい卵をいだくように珠子はそうっと包み込むように抱えた。
(柔らかい)
布地の上からでも赤ん坊は柔らかく温かい。
吉弘は機嫌がいいらしく、「ふあっ、あふっ」と音を出しながら丸いこげ茶色の瞳で珠子の目を見つめる。
「可愛いですね、赤ちゃんって」
「ほんとに……」
いつも厳しい表情の高子の頬が緩んでいる。
「母になると女性は何か変わるのでしょうか」
「どうかしらね……」
珠子の素朴な疑問に高子は曖昧な返答をする。
それがなんとなく珠子には不思議に感じた。
そのうち吉弘がぐずり始めたので慌てて珠子は「おーよしよし」と優しく揺さぶった。
「おしめが濡れてるのかもしれないわね。かえてくるわ」
高子は珠子から吉弘を抱き上げキヨのいる離れへと向かった。
珠子は後姿を見送りながら手の中に残る赤ん坊の温もりを思い返す。
自分の子ではないのに無垢な赤ん坊を抱いていると愛しさが募る。
そしてキヨが羨ましいと思った。
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