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庭でぼんやりしていると、ひそひそと後ろで年配のメイドたちが話しているのが聞こえた。
「また外腹ね」
「前はすんなりいったけど、今度はどうかしらねぇ」
「キヨさんはえらく長くいるわねえ」
珠子に気づいていないのだろう。
少し噂話をしてメイドたちはまた持ち場に戻った。
(外腹……?)
誰のことを言っているのだろうか。
気にはなるが追及することはできないだろう。
珠子は改めて藤井家の事を何も知らないのだと実感した。
高子も嫁に来たときは同じだったのだろうか。
いつまでも客人の様な自分の居場所が不安定な感じがする。
それでもここに居るしかないのだと自分に言い聞かせた。
藤井正弘の容態が急変し、逝去した。
藤井邸はざわめいたが、もう何年も前から予想されていたことなので、慌てふためくことなく葬儀から文弘への襲爵まで滞りなく済まされた。
家族を含め、正弘の死を悼む者は少ない。
高子とは二十以上離れた夫婦でそれほど睦まじい様子もなく、形式的な婚姻だったのだろう。
なんら死に対する感情が見えてこない。
合理的にてきぱきと物事を進めていく。
文弘は多少不安げな表情を見せたが悲しんだ様子はなさそうだ。
高子と文弘の親子関係は睦まじく妻の珠子ですら近寄りがたい雰囲気だが、正弘との関係は形だけなのだろう。
ひと月も経つと何事もなかったような日常が始まる。
沢木家にも世代交代が行われた。
珠子の父、浩一が亡くなったのだ。
『沢木屋』は浩一の甥であり、養子縁組を結んでおいた沢木正夫が息子として継ぐことになった。
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