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「お父さま!お父さま!」
珠子は浩一に必死に声を掛ける。
しかし弱々しい笑みを浮かべたまま応えることなく目を閉じた。
「あああっ、おとうさまあああぁあっ」
「あなたあっ、あああぁぁ、ううぅぅ」
「お父さん、う、くっ……」
珠子をはじめ、葉子、一樹も激しく泣き叫んだ。
老いたばあや、使用人たちすべてが嘆き悲しむ。
葬儀の間中、身体中の水分がなくなるぐらい皆涙を流し続けていた。
葉子は一樹が常に支えていなければ、いつ倒れてもおかしくないような青白くやつれた様子で弔問客の涙を誘った。
このような葉子の姿を見てもたしなめる者は誰もいなかった。
体裁にうるさい浩一の姉、正子でさえ葉子を労わっていた。
浩一は材木の崩れによる事故死であった。
まだまだ若く健康で『死』など全く想像のできない浩一の突然の死は家族、使用人すべてに喪失感を招く。
珠子が連絡を受け、慌てて車で実家に戻ったが、浩一の横たわっている姿を見るまで悪い冗談か悪夢にしか思えなかった。
なきがらを眺め、墓に入るのを目の当たりにしても実感が沸かない。
しかし使い古した雑巾のようによれた葉子の姿を見ると浩一の死は現実なのだと思った。
そして心から愛する人の死の打撃はこのようなものなのだと知った。
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