2 飲んでしまったがゆえに…

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「獣だな」 「ど、どうしよう。役所の人に連絡したほうがいいかな」 「何を慌ててる。たかが獣だろうが」 「いやいやいや、ここ数年、農作物が荒らされたり、人が襲われて、大変なんだもの。あ、携帯、置いてきちゃった」  よほど慌てているのかその場でキョロキョロしたり、前後に足を動かしたりと意味不明な行動を取っている。 「ふん。こんなもの」  猪を射抜くように睨みつけると、数秒もたたず森のさらに奥へと逃げ帰っていった。しばらくの間、この辺には近づかないだろう。 「えっ! すごいすごい! 何で?」 「本来、獣は自分より強い相手にわざわざ向かっていかない。強さが把握できないのは、愚かな人間くらいなものだ」  愚かとさげすまれて怒っているだろうと思ったが、ナミはキラキラした目で見つめてくるだけで、何がうれしいのか口元もゆるんでいる。気味が悪くなり、さっさと本殿に戻ることにした。  こー君とまーちゃんがいる部屋に行くと、案の定、まーちゃんはすぐに出て行こうとしたが、呑気なナミにつかまり、なぜかみんなでお茶を飲む有様だ。ちなみに、ここにはお湯で溶かすだけの簡易的なコーヒーしかなく、飲めたものではない。 「あ、そうそう。さっき、森の奥で猪を見かけたんだけど、悪さんが追っ払ってくれたの! すごくない!?」 「えーっ、今の時期はエサを探してて一番危ないのに、悪さん、すごい! やっぱり強いんだあ」  こー君と盛り上がっているが、まーちゃんはいたって冷静だ。当たり前のことだとわかっているのだろう。俺がすごいわけじゃない。人間が弱すぎるのと守護役である狛犬の力が戻ってないからだと説明したところで、収まりそうにないので、無駄なことはやめておく。 「悪さん、本当にありがとう。これ、ご神徳になるんじゃない?」 「ナミ、それいいよ! 害獣除け…みたいに」 「くだらん」  バカ話を聞いているだけで、胸の奥がざわめきたつ不快感に飲み込まれそうだった。怒鳴るわけではなく、ボソッと言い置いて、部屋を出た。草木にしろ、猪にしろ、俺が意図していないことで、感謝されたり賞賛を受けても、ただ居心地の悪さが増すだけだ。何よりも目覚めてから、およそ悪らしきことをしていないことが引っかかっているに違いない。かといって、契約もしていない、無関係のモノを破滅させるのは宰相の信義に反する。
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