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翌日から部屋に来るのはこー君だけになった。朝、コーヒーなどのいつもの食事を運んでくるので、ナミは来ているらしい。別に顔を出さないのならそれでいい。俺は好きでここにいるわけじゃない。そう思ってはみるものの、どうにも気分は晴れず外に出ることも極端に減っていた。
「……悪さん、ナミのこと、怒ってるよね?」
すっかり笑うことが少なくなり、部屋で豪快に寝なくなったこー君が、おずおずと聞いてきた。
「は? 何を?」
「だから、この間、ナミがあんなことを言ったから」
「あんなこと? ……俺にはわからないってやつか」
うつむいたまま大きく頷く。
怒っているのはナミのほうだろう。そう仕向けたのは俺なのだから、間違いない。それなのに、なぜ俺が怒っているという思考になるのか、さっぱりわからなかった。
「俺が怒る理由などないぞ。怒るのはナミだろうが」
「本当? よかった!」
こー君の顔がパッと明るくなり、声も弾んでいる。おまけに、小さくうなずきながら「じゃあ、夕方にでも話せばきっと」とつぶやいている。どうやら勝手に納得しているようだ。
「だから、何のことだ。俺が怒っていると思う理由を述べろ」
「あ、ごめん。あの日…ここから出てきたナミが、悪さんにひどいことを言った、どうしようって大泣きして」
そこまで悔いるほどの言葉ではない。むしろ当たり前のことを言っただけで、暴言ですらないだろう。俺の納得できない様子を見て、こー君も困ったような顔をする。
「ここにも来てはいるし、謝りたいんだと思うけど勇気が出ないみたいで。もし、夕方来たら会ってくれる?」
モヤモヤを晴らすどころか、余計に蓄積されてしまった。何でナミが謝るんだ。来るな。お前も出て行け、と言いかけて、ぐっと飲み込んだ。まるで、ここが自分の家のような振る舞いになるではないか。
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