4 悪と少年とナミ

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 その日、ナミは話しかけることなく、少年から2メートルくらい離れた場所で同じような格好で座って、ただ見ていただけだった。辺りが暗くなった頃、少年はようやく顔を上げて自分の後ろにいるナミに気づいたが、わずかに体を固くしただけでこの間のように驚くことはなかった。ナミも黙ったままでいると、少年はゆっくりその場から離れて行った。  座ったまま動かないナミの横に降り立つと、目だけを俺のほうに動かして「何もできなかった」とつぶやく。 「驚かさなかっただけ、進歩だ」 「そう…かな」 「何で今回は話しかけなかった?」 「……私、昼休み、教室じゃなくて…、非常階段の踊り場、にいることが多くて。そこにいるとき、もし、誰かに、元気よく話しかけられたら、返事できるのか考えたら、多分…逃げだすだろうなって思って。小さい子だから、余計に、そんなのムリなことだと」 「ふうん。焦っても仕方ないが、のんびりもしてられんぞ」  俺の言う意味を敏感に察知したらしく、グッと奥歯を噛み締めて厳しい顔つきになる。そこには、もう、怯えも不安も見えない。  ナミが帰った後、ばあさんの家に行くと、「ちょっっ、たまには玄関から入ったらどうかね」と怒られたが、無視して、小さいテーブルのそばに座り込んだ。 「何? コーヒー飲みに来たわけじゃなさそうだけど」 「ちょっと話がある。ナミも関わってることだ」  神社に来るようになった少年と今日までの一連のことをすべて話した。背格好や発する雰囲気などわかる範囲で細かく伝えると、「もしかしたら…」との声が漏れる。 「心当たり、あるのか?」 「確定はできないし、可能性のひとつに過ぎないけど」 「別に言わなくていい。名前を言われても、俺にはわからんからな。ただその可能性を、頭に入れておいてくれればいい」 「そしたら、修復は延期にしたほうがいいねえ」 「修復?」 「最近、神社に寄る人が増えたでしょうに。その中に、昔、大工をやってたじいさんがいて、本格的な修復はムリだけど、もう少し見栄えよくなるよう、簡単なのをしてやろうかって話があったんよ。でも、人が出入りすると、その坊やは来なくなるかもしれんでしょ」  黙ったままうなずいてると、なぜかばあさんはうれしそうに微笑んでいる。意味不明の笑いに気味悪くなり、コーヒーを飲んでいけという誘惑を断ち切り、退散した。
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