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問題はどうやって、拝殿に連れて行くかだった。人目につくのを嫌がっているのに、神社の中心ともいえる場所に行きたがるとは思えない。ナミは「焦って、今の関係を壊したくない。時間をかければ、きっと」と言っているが、どれだけ猶予があるか不明だった。出会った頃と比べると、少年の表情はやわらかくなったのは確かだが、肉体の力は以前よりも弱まっている。もしかしたら、風前の灯なのかもしれない。しかし、ナミの言うように、せっかく築いたものを台無しにして来なくなるのは、もっとも避けるべき事態だった。
ある日、突破口が開いた。
「ここ、じんじゃっていうんでしょ?」
満開になった桜を並んで見ていたとき、不意に少年から話しかけてきたのだ。
「うん。そうだよ。よく知ってるね」
「……かみさま、なんて、ほんとにいるの?」
ナミのほうは一切見ず、じっと地面を見つめながら小さい声で聞いてくる。
「どうかな。私はいると思ってる。じゃあ、話しかけてみる?」
「え?」
驚いてナミを見上げた顔は、子供らしい好奇心が見え隠れしている。拝殿に連れて来い。そう念じると、俺は拝殿の奥にある本殿に急いで移動した。
程なくして、ナミと手をつないだ少年が拝殿に立った。
「どうやって、はなしかけるの?」
「こうして手を合わせて、目をつぶって。声に出さなくていいから、心の中で、何でもいいから話すだけ。お願いごとでもいいし、何か話したいことでも、聞きたいことでも。あ、その前に、自分の名前とどこに住んでるかも言うといいよ」
「え……」
「だって、神様も、どこにいる何君かわかったほうが答えやすいでしょ。全部じゃなくていいの。私だったら、駅の反対側に住んでるナミっていいます、とか。これくらいでいいからね」
一瞬、不安そうな顔をしたが、ナミの言葉に安堵したようで、拝殿に向かい手を合わせて静かに目を閉じる。ナミは少年を守るように、背後に回っていた。
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