堕ちたる才が紡ぐ未来

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「餞別じゃ。このダンボールはワシにはもう必要のない物だから、捨てるなり売るなりしてくれればいい。まぁ今夜は一人だから、これで一杯過ごせばいい」  酒にしてはやけに大きな段ボールだったが、毛布でも一緒に入っているのだろうと思い、そのまま受け取った。片付けはすぐに終わり、その殆どは近くのゴミ捨て場行きとなっていた。 「長老、今まで楽しかったです。色々教えて貰ったり、本当に会えなくなるのが悲しいですけど、いつかきっとまた何処かで会いましょう!三人で」  ちょっとだけ振り返ると、坂を上りアスファルトで舗装された場所まで行くと、振り返り手を振りながら言葉を返した。 「解った。きっと三人でまた何処かで会おう。健闘を祈る!」  背中を向けたまま少しだけ手を上げると、長老の目の前に黒塗りの外国車が停まり、それに乗り込んで行った。  サラリーだけが取り残され、自分の寝床に戻ると選別に貰った段ボールの箱を開けた。 「これは。こんな高いお酒、あれ?敷いてる布が」  酒瓶を包んでいた厚めの布を取り出すと、中には高級な背広が上下で入っていた。ダンボールの底には新品のカッターシャツやネクタイ、そして履歴書まで用意してあった。 「まいったな。背広のポケットの中には小銭と手紙も入っているとは恐れ入った」  手紙には長老が書いたであろう初めて見る綺麗な字で”クリーニング代”とだけ書かれていた。 「どうなるか解らないけど。失う物なんて今更ないんだし、次に長老と八百屋さんに会う時、恥ないような自分であろう」  心は決まっていた。握られた名刺を大切に仕舞い”明日はクリーニングに持って行こう”等と考えながら、一人になった初めての夜なのに何処か淋しくは無かった。
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