ルドベキアに散る

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「今回の被害者の身元は割れたぞ。全員、この辺りの宗教施設やら教育機関やらで働いてる。身寄りはなし。これまでの死体と同じく全身に渡って拷問と、死後に四肢と頭部の切断。加えて性器をめった刺し」 「まとめて6人分の死体遺棄は初めてですね。ヨハン、ここは禁煙席です」 「何でハッパはよくてタバコはダメなんだよ……」 「好みの問題ですかね」  行き場をなくした煙草の箱はヨハンの右手と共にテーブルの上を放浪する。  くるくると回るフォークがパスタをまとっていった。 「アバドンは信仰心のない人々に苦しみを与えはしますが、殺しはしません。しかし、路地裏のアバドンなるこの人物は、死に至った後も彼女たちを辱めようとする。個人的な怒り、もしくは性的倒錯から女性たちを殺めているとの推測が妥当でしょう。便宜上アバドンと呼ばせて戴きますが、彼に崇高な目的意識は感じません」 「個人的な怒りねぇ。若い女に親でも殺されたか?」 「で、あれば、なぜ死後に彼女たちの性器を切りつけるのでしょう。女性に対する怒りの根源は、女性から性的なストレスを与えられた可能性も考えられます。もしくは殺人の過程に、快感を覚えているのかもしれません」 「拉致して殴って殺してめった刺しにしてバラバラなんて疲れるだけだろ。どー考えたって、金でいい女買って一晩遊ぶ方がよっぽど楽しい。コイツ馬鹿なのか?」 「欲求の満たし方も単純明快で悩み知らずなあなたには、このタイプの人間は実に難解でしょう」 「あ?」 「そんなことよりも、僕もこれまでの被害者の経歴を調べてみました」 「おい。はぐらかすなよ。今、俺を馬鹿にしたろ」  一時、フォークを皿に休ませ、セインは脇に置いた肩掛け鞄から手帳を取り出す。古びた皮の手帳を広げ、メモの一部をヨハンへ指し示した。 「僕が保管しているこの辺りの新聞記事、5年ほど遡ってみましたが、被害者たちの名前はありません。ですので、彼女たち個人の経歴をそれぞれ調べてみました」 「……教会?」 「これまでの被害者たちには身寄りがいないと言う、唯一の共通点がありました。全員が何かしらの理由で孤児となり、この教会に預けられていたんです」  名前の隣に並ぶ同じ文字の羅列。ヨハンの手が写真の合間に挟まっていた報告書をめくる。
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