ルドベキアに散る

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 セインが添えてあったスープを掬うと、ジャガイモとバターの香りがヨハンの元にまで届いた。 「サンタ・セラフィナス教会ってのは、遺体の損傷が一番ひどかった7人目の職場だな?」 「ええ。セラフィナス教会は礼拝堂と隣接して孤児院を運営しています。多くの孤児や保健所で保護された子どもを受け入れ、市からも助成金を受けているようです。富裕層からの寄付金もすごいらしいですよ。特に、エル・ヴァーチャーさんなる熱心な男性は施設の改築や、被害者が務めていた教育機関でも講演をされています」 「ああ。エル・ヴァーチャーな」 「お知合いでしたか」 「100年以上前に家出した神様にお祈りする男と、この俺が、仲良くできそうに見えるか?」 「これを機に天使を信仰してみるのはどうでしょう」  ヨハンは聞こえないとばかりに続ける。 「ヴァーチャーは不動産屋だ。親が敬虔な信者とか何とか理屈こねて、宗教団体に税金逃れで多額の寄付してンのさ。自分の足で定期的にこう言った施設を巡って、ボランティア活動にも勤しんでるらしい。この辺りじゃちょいとした有名人だ」 「不動産屋さんでしたら、数か月の間、被害者たちを監禁する場所にも困りませんね。猟奇殺人として捜査が始まったのは7人目が見つかった2月前。過去、関連性のある一番古い死体が1年前。一度に複数人を監禁、なおかつ拷問しても、周囲の人間に悟られない場所を探すのは大変です。新聞のお写真を拝見しましたが、体格的に女性を1人さらうのも苦ではなそうですよ」 「どうして自分が寄付してる団体の女を殺すンだよ。利益ないだろ」 「怒りに支配された人間に、損得の計算はできません。それに僕は彼が犯人だとはまだ、一言も。会って見ないことには分かりません」 「まだってなんだよ、まだって」 「少なくとも、路地裏のアバドンさんがこの孤児院に執着する理由が何かしらあるはずです。どちらにせよ、足を運びましょう」  未だバターの香りを漂わせるマグカップを避け、セインは再びフォークを取る。細い筆跡で書かれた文字を目で追い、ヨハンの指がページを叩く。
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