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「命は誰でも平等なのよ。それだけは忘れないでね」
そう言って母は私の額にキスをした。
寝ぼけ眼をこすり倦怠感の中から目を開く。また看護塔で寝てしまったようだ。窓の外の景色は一面の黒。まだ朝が眠っているようだった。
明日、じゃない。もう数時間後にはまた姫様の新薬テストがある。それに同行するために書類を片付けないと。
「お疲れ様」
珈琲の豊潤な香りが鼻腔を通り抜ける。私の後ろに彼がカップをもって立っていた。
彼は私の机の上の雑多な書類を少し片づけるとそこにカップを置いた。
「ありがとう」
私はカップに口をつける。
「もう数時間後には姫様の新薬テストだろ。そんなに張り詰めていて大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫」
「無理するなよ。再来月には式も控えているんだから」
「うん」
私はカップを机に置いて彼の話から目を背けた。彼は私の婚約者、クリス。本名はクリストファー=アーノルド。中間貴族出身で今は騎士だ。再来月、結婚式を挙げる予定である。しかし、私は正直そんな場合ではない。姫様の容態がこのところ良くないのだ。
「家には遠征が終わるまで戻らないから」
「うん」
「何か必要な材料はあるか?」
「高濃度アルマールを含んだものがあれば。でも無理だと思うからいいよ」
「わかった」
彼はあまり気の乗っていない足取りで部屋を出ていった。最近、互いに家に帰れていない。
そんなことを考えながら私は彼の残した珈琲をすすりながら書類をまとめた。
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