悪魔と男

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「ずいぶんと上からものを言うが、所詮は下っ端なのだろう?点数をつけることしかできないわけだから。タバコを捨てただけのやつを捕まえて説教だなんて、よほど暇なのか」  虫の居所が悪いときに声をかけてしまったらしい。男は悪魔に近づき、鼻先があたるほどに距離をつめてきた。 「お前は俺がタバコを捨てたと言ったが、本当に見たのか。どこからだ?空からか?見えるわけがない。街路樹に目隠しをされ、行き交う人の中から俺の手元だけがはっきり見えたと?」  男は息をするのも忘れ、まくしたてる。 「証明してみろ。俺の手から地面に落ちたという証明を」 「ですから、この目で見ましたので…」 「何を見たんだ?タバコを道にめがけて捨てたとでも言いたいのか。それは故意か?たまたますべり落ちただけではないとなぜ言い切れる。そもそも俺がタバコを吸ってすらいない可能性は考えないのか」  面倒なことになった、と悪魔は思った。これではすっかり男のストレスのはけ口である。  男がタバコを吸っていたということは証明出来る。悪魔でなくともにおいでわかる。タバコを吸わない人間が男の隣に立てば、そっと距離をとるだろう。  しかし故意か過失かの証明は難しい。道に落ちた吸い殻は数えきれないほどあり、そのほとんどが水たまりにつかり、濡れている。人間ならば、これらをかき集めて、男の痕跡と照合することが出来るのだろうか。  けれど悪魔も忙しい。この吸い殻たちより多くの人間を採点しなければならないのだ。 「申し訳ありません」  そう言って悪魔は男の肩に手を置いた。それと同時に男は苦しみだし、首を強くおさえ、膝から崩れ落ちる。 「なっ…にを、し…」  力をなくした男の体が悪魔にむかって倒れこむ。そっと両手で支えると、息をするのを忘れた男の器だけがそこにあった。 「やれやれ…でも仕方ないのです」  また報告書を作り直さねばと悪魔は落胆した。  右に左に歩みを進める人間たちには、今の出来事は見えていない。  興味すらないのだ。だから見ようとしなければ何も見えない。  この世に、他人に関心がある人間がどれくらいいるのだろうか。その中のわずかな人間にはこれが見えるのだろうか。いや、それは難しいだろうと静かに思った。それもそうだ。 「私は悪魔ですから」 完  
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