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刹那は駆け出しだが、それでも声優が声を失うのがどういうことかは解るつもりだ。
例え一線を退いていたとしてもそれは変わらないし、彼女の咽頭癌はかなり悪いらしい。
幸千恵は何も言わなかったが遙香が教えてくれた。彼女は人の心を読むことができる。
肩に手を置かれ振り向くと、幸千恵が優しくほほえんで立っていた。
「松野さん……」
「わたしもすぐ逝くから、そしたら天国でいっぱい絵本を読んであげるね……」
ザラついて聞き取りにくい声で幸千恵は言った。
だが、その声は刹那の心をかつてないほど震わせた。
「オン ドドマリ ギャキテイ ソワカ
オン ドドマリ ギャキテイ ソワカ
オン ドドマリ ギャキテイ ソワカ……」
遙香が子供を守る女神、鬼子母神の真言を繰り返し唱え始めると、りりあの姿がハッキリとし始めた。
幸千恵が目を見張る。
刹那は幸千恵とりりあの手を取り、二つの手を重ね合わせた。
おばさんありがとう……でも、まだきちゃだめ……
「りりあちゃん……」
幸千恵の声が一瞬、澄んだ美声に変わった。
それは刹那も知っている暖かい名優の声だ。
りりあの身体は輝き始め、そして小さな粒子になって消えた。
幸千恵はりりあのいた空間を涙を流しながら見つめ続けた。
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