喉に刺さって抜けない骨

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「お母さん、私、部活やめるから」  夏の終わりに、私は母にそう告げる。母は何も言わなかった。勝手にしろと言わんばかりに、ライターで煙草に火をつける。 「退部届、いるかしら」煙を天井に吐き出して、めんどくさそうにそう言った。 「知らない」 「そう」  母は煙草を灰皿に押し付けて、私に投げて印鑑をよこす。それで事は済んだのだ。  弟がテレビを観ながら、ひたすらケタケタと笑っている。私はお湯を沸かしながら、その声だけを聴いていた。母は、相変わらず何にも興味を示さない。カップ麺に湯を注ぐと、弟が臭いを嗅ぎつけて、台所へとやってくる。しょうがないので、私の貯えを一つ分けてやる。弟は何も言わずにビニールを裂いて、かやくを開けた。感謝もしない弟に、危うく手を上げそうになる。大きく息を、吸って吐く。肩の力が抜けてゆく。 これでまた一つ、事が済んだのだ。  そういう風にして、今日が終わる。その連鎖で月日が終わる。きっとそう、部活も母も、弟も、カップラーメンのことだって、私の時間に埋もれて消える。化石みたいに、骨だけ残して消えてゆく。喉の奥に刺さったままで、呪いのように残ったままで。  ふと気が付くと、カップラーメンが伸びていた。弟はあざ笑うように麺を大口で啜って笑う。意識より先に手が出てしまう。 「ママ、姉ちゃんが!」  母はわき目も降らず、ネイルを塗って、そのまま家を出て行った。 私は何も言わずにラーメンを食べる。弟は私の足を踏む。弟を無視して部屋へと戻る。ベットに横になると同時に、疲れがシーツから滲みだした。私はそれに沈み込み、眠りの中へ落ちてゆく。
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