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何度か見たことのある光景だ。幾ら勇者と呼ばれる者が強かったとしても、それ以上の強敵が、それも知能がある程度高い強敵が現れた場合パーティー内で最も弱い、又は性格の歪んだものが取る〝命乞い〟。まぁ、だとしても今回のものは過去一で酷いが。
血塗れになった女がヌストーに驚愕の視線を送っている。推測だが、こいつらは最初から一緒だったのだろう。流石の俺も呆れざるを得ない。
ヌストーは「違う」と繰り返しながら後退していき、携帯していた小さなポーチからあらゆるものを投げ出している。ポーション、パン、ククリナイフ、眠り花……。明らかにポーチに収まる質量を越えている事を考えるとあのポーチは異空間庫の術式を組み込まれた魔道具なのだろう。
最後はそのポーチすらも投げ出し、閉まってしまった扉に背をぶつけてへなへなと座り込んでしまった。
「お、オデは……オデは違う。違うんだ」
「ちょっとあんた! 聞いてんの!? 私達は一緒に――」
「う、うるせェ! オデはお前の事なんか、何も知らない!」
「はぁ!?」
思わず笑いが込み上げてくる。まるで喜劇でも見ているかのようだ。
ヌストーに迫った女の手を、奴は払いのけると自らを守る様にして蹲った。
入室と同時に勇者が破れ、恐らく奴が誇る最速の魔法で迫るも障壁に邪魔をされる。そしてそれを破る術もなく……混乱に陥り精神が退化してしまったのだろう。
一しきり笑った俺は今回の茶番を締め括る為に立ち上がる。既に奴らに対しての興味は失せた。力も知恵も何もない奴をこれ以上ここに置いている必要は無い。
コツコツと靴をわざと鳴らす。音が響く度に女の顔が引き攣り、ヌストーの震えが大きくなる。これ以上笑わせないで欲しい。
「さて、勇者御一行。俺はお前たちに鍵を与え、隙を見せ、時間を設けた。しかしお前らはそれらから勝利を手繰り寄せる事を諦め……今、何をしている?」
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