惜しからざりし命さへ ①

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 ひた、と水が滴る音。岩肌にゆらゆらと影が浮かぶ。思わず漏れかけた声を己の掌で塞ぐ。獣か、或いはそれよりも不穏な生き物か。身を乗り出して様子を伺えば、岩肌に抉られた穴と、そこに嵌め込まれた鉄格子が見えた。それならば取り立てて危険はあるまいと己に言い聞かせ、それでも足音を忍ばせて先へ進むと、鉄格子の中に置かれた灯りにその全貌が映し出される。 「何だ」  毛羽立った筵の上に背を正し鎮座する其れが放った凛とした声は、私の故郷に耳馴染んだことばを発したのである。
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