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彼は古風な分電盤の蓋を観音びらきに開けると、舞い上がるほこりに思わずむせた。彼は、それから暫くは箱の中をきょろきょろしていたが、やがて探していた物が、その中には何も無いことに気づいた。
「済みませんが、ここの配線図とかは……」
「んなもなあ無い」
「な、ないんですか!」
「今まで見せてくれと、言われたこともないんだが……」
「これはもう……継ぎ足し継ぎ足しで、いったん図に書いてみないと、僕は、すぐにはわかりませんねえ」
「……だろうねえ」
「い、今までの定期点検では、どうされてたんです?」
「あ、点検? そういやあ……毎年来てくれていた人は、もう定年を迎えたからねえ……クニへ帰ってるさ、たぶん今頃は……」
「は、はあ」
彼はレポート用紙を取り出すと、一本一本の配線をトレースし始めた。床にしゃがんでボールペンで配線を書き、立ち上がって測り、またしゃがんで書き……という作業を、かなりの回数繰り返していた。
「見ていて落ち着かないから、机を使いなさい」
「あ、これはどうも、済みません」
「かなり、かかりそうですか」
「そうですねえ、一般の店舗の配線とはちょっと違いますんで」
「そうだろうとも……なにせここは研究所なんだから」
「あのー、営業中まことに申し訳ないんですけど、今から五分間、全部の電気停めていただいてもよろしいでしょうか?」
「……」
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