わりにあわない:過去を

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 屋敷に入ってすぐ、暗がりの中にレッドキャップが転がされていた。それは薄い麻布に横たわり、呼吸するたび笛のような音を上げている。よくよく見てみると、そこにいたのはレッドキャップだけではなかった。コボルドやドワーフ、ゴブリンなどの蛮族が廊下の両側を埋めるように横たわっている。ドレイクは慣れた足取りで進んでいく。勇者とエルフは投げ出された腕を踏みつけてしまわぬように、最大限の注意を足元に向けていた。  屋敷はもともと豪勢な造りだったようで、廊下でありながらも天井にはシャンデリアが何機も並んでいる。無数の燭台が枝分かれしているものの、先端にある受け皿には、溶けて形を失った蝋ばかりが残るだけで、一つとして火の灯る燭台はなかった。ドレイクが扉の一つを開けると、壁越しに聞こえていたうめき声の混声合唱が、一層はっきりと聞こえてきた。人間、竜人、レプリカント、千差万別種々様々な人族が集められている。皆共通しているのは、誰もが疫病に感染したということであり、誰もが苦しみ死を待つだけだということだった。  結露する窓から、厚い雲越しの日光が差し込んでいる。彼は二人に唯一のベッドの傍へと来るように言った。ベッドには先ほど、ゴブリンによって隔離された老婆が眠っていた。彼女は肩で呼吸しては、時折激しく咳き込む。ドレイクがナイフを抜きその背で老婆の衣服をめくると、エルフは思わず目を逸らした。老婆の脇の下にリンゴ大もの巨大な腫瘍ができ、皮膚はどす黒く変色している。腫瘍はわずかな布の摩擦で傷つき、強い粘性のある体液が老婆の衣服に染みついた。 「これが疫病の末期症状です。ここまで進行がすすむと、腫瘍の切除しか治療と言えるものはできません」  老婆はうめき声をあげた。彼はナイフを暖炉の火で炙ると、鞘に戻す。 「すでに試したと思うが、治癒魔法は?」 「変化ありませんでした。良くもなく、悪くもなくと言ったところです。ですので今は、生命力を多少活性化させる程度のことしかできません」 「感染源、感染原因については?」 「依然不明です」  老婆の他も脇の下に巨大な腫瘍と皮膚の変色と、同じ症状だった。さすがにレプリカントに腫瘍も皮膚の変色もなかったが、ひどい咳と発熱は共通しており、体力が落ちているのは誰の目にも明らかだった。
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