わりにあわない:過去を

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 勇者は扉を叩く。玄関は雪かきがしっかりと施され、石畳はベッタリと濡れている。石の窪みには雪解け水が溜まり、冷気によって凍結していた。  もう一度扉を叩くと、ようやく扉が開いた。 「ここの家にいた少年は?」  勇者は扉を開けたゴブリンに問いかける。ゴブリンは家の一画に視線を向けた。 「ドレイクから依頼を受けて来たんだ。危害を加えようだなんて思っていない」  ゴブリンの体には切り傷や、痣が無数にできている。彼は壁にもたれ掛かり、今にも崩れ落ちそうになっていた。 「よかった。あの子相当暴れましてね。手に余っていたところですよ」 「かなり激しかったようだな」  彼は弱々しく笑う。家の中では割れた食器や衣服などが散乱しており、乱闘の激しさを物語っている。さすがの勇者もゴブリンが気の毒に思えた。 「こっちは手を差し伸べてあげてるっていうのに、あの子ときたら八つ当たりするんですよ。この病気の流行もお前たちが原因だろ、とか言ってさ。まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。もうちょっとこう、ある程度の敬意というか、感謝というか。善意でやってるんだからそういうのを持っててほしいですよ」 「まだ子どもだ。それに唯一残った家族が隔離されたばかりなんだ。仕方ないだろ」  勇者はドレイクがわざわざ高い金を出してまで、ここに送り付けた理由が分かった気がした。人手が足りないからとは言っていたが、それ以上に蛮族よりも人族である勇者のほうが、精神的な依代になりえると判断したからなのかもしれない。  彼女は家の中に踏み入れる。中は二つの部屋から成っており、どちらも物が散乱している。寝室の奥には汚れたベッドがあり、丸く膨らんだ掛け布団の端から金髪の髪が見えていた。 「今は落ち着いていますよ」  ゴブリンはため息をつく。ベッドがもぞもぞと動いた。 「ありがとう。ここからは私が変わろう」 「わかりました。よろしくお願いしますよ」  勇者はゴブリンを見送ると、ベッドの傍に来る。そして近くにあった椅子を引き寄せると、彼女は腰を下ろした。肘置きに肘を乗せ、頬杖をつく。少年は彼女の存在に気づいているはずだが、まったく反応しない。彼女はため息をつくと、割れた食器を片づけ始めた。
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