その儚さ、花火に劣るとも

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 意味を理解しかねる僕の裾を引っ張り、本宮まで連れて来ると、彼女は夜も更けたお堂の格子を開け放ち、中から幾本の酒瓶を持って来た。  ――飲んでみろ。  僕は断った。酒はもう、見るのも嫌だった。  彼女は溜め息を吐いて、酒を口に含むと、止める間もなく唇を重ねた。  度肝を抜かれるとは、きっとこのことを言うのだろうと思った。人ならざる彼女の唇の柔らかさにもさることながら、流し込まれた淡い色のそれは、確かに美味しかったのだ。久し振りのことだった。呆気に取られた僕の隣に腰を下ろし、彼女は口を拭った。  ――言っておくが、取り立てて質の良いものではないぞ。物好きが私に供えた品だ。  とても信じられなかったが、銘柄を見るとそれは確かに特別なものではなく、酒屋で垣間見たことのあるものだった。  ――酒は命を削るための毒ではない。今を彩るための妙薬だ。もう気付いているだろうが。  彼女は杯にもう一杯注ぎ、僕に寄越した。やはり美味しかった。  ――花火のあの儚さは、決して投げやりなものではない。この瞬間を、より鮮やかに彩るための輝きなのだ。虫の声も、走る獣も、皆同じだ。何処か美しさを感じるのはな。終わりを目前にしているからではない。その瞬間を生きているからだ。  山吹色の瞳が僕を覗き込む。胸の奥が、空くような感覚に襲われる。     
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