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不意に、彼がこちらを振り仰いだ。
俺の中でファンファーレが鳴り響いた。いや、実際に聞こえていたら相当危ない奴だろうが、正に、そんな心地だった。髪と同じ色の睫毛から覗く淡い色合いの瞳は、一晩中でも舐めていられそうな程に甘い色合いだった。薄い唇は、まるで吸って欲しいとでも言うようで。ちょっと上向きの鼻は、顔立ちに愛くるしさを添えている。本当に、好みの顔だった。
不味いな、これは、持ち帰れなかったら、相当引き摺るぞ。止めるなら今しかない。俺は自分に言い聞かせる。
「君は、良いかな?」
努めて落ち着いた声を心掛けながら、問い掛ける。だが、相手から返事は得られなかった。ただ、俺を見詰める目は、ひたすらに俺だけを映していて。どくり、と胸が弾んだ。この子と、深く知り合いたい、と改めて思った。
「トウマ! もちろん、良いよね? あ、座って座って!!」
ミツキと言う子に促されて、つい、カウンター席に、彼の隣に、腰を落ち着けてしまう。俺は、心を決めた。今日は、絶対に、この子を持ち帰ろう、と。何としてでも。
「トウマ君、って言うんだ。俺は、ケイ。トウマ君、って呼んでも良いかな?」
今度は、意識して柔らかい声を出した。交渉でも何でも、相手に与える印象が大事だ。警戒心を解いて、相手の懐に入り込む。そうやって、俺は今まで仕事で上手く交渉をして来た。そのノウハウを、活かす時だと思った。
だが、相手は、ただこちらを見るだけだった。警戒心を解けていないのか。
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