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「で?話ってのはなんだ…」
…この声は。
「やだ先輩。いきなり本題を探ろうとしないでくださいよぉー。あゆみ緊張しちゃう」
ここにとめ吉が居てくれたら、「煩せぇー人間」と心底酷評してくれただろうが、今は居ないから仕方がない。
「…俺にも用事があるんだが」
「どんなです?」
「図書室で本探し」
「えぇー。冗談ですよね…」
「お前は思ったことストレートに言い過ぎ」
「私の取り柄です!」
「…もう一度言う。話ってのはなんだ?」
「あぁー。またそうやって、せっかちで手の早い男性は嫌われますよぉ」
「手は出してない」
「口は出したじゃないですかぁ…」
今にも、えっち。とでも言いそうな頬に紅を浮かべた上目遣いで、「山上あゆみ」は挑発的な顔をする。
仕事ができない部下に呆れてかけてやる言葉がない上司みたいな。
もっと酷い言い方をするなら。
大量の蛆虫を見てしまったときみたいな辛辣な表情で、海はあゆみのことを横目で一瞥した。
えっ?何?なんなのこの状況!私って今何してるの!?もしかして盗み聞き!!
ペントハウスの壁に背中を押し付け、煩いくらいばくばくと跳ね上がる心臓に黙ってほしい気持ちを共用させようとするが、心音は荒ぶり続けた。
罪悪感。
でも、耳は塞げない。
だって。
「海先輩。--キス、しませんか?」
「「なっ!!」」
二人の、離れている海とくるみの反応がシンクロした。
もの凄いことをもの凄いタイミングで言ったあゆみに剽軽な様子はなく。
かなり、本気である。
なんてことを言い出すんだ、この娘は。
「何言ってんだお前!?」
流石の海も狼狽を隠しきれない。
頬が赤い。
それはあゆみも同様だった。
「だって!先輩は私が好きって言ってもどうせ相手にしてくれませんよね!…だったら私、一回…き、キスしてくれたら諦めますから!付き合ってくれとか言いませんから!…だから。今、この一瞬だけ。私のこと、彼女だと思って。ぎゅってして…下さい。キス、して下さい…」
内心、「駄目めぇぇー!」なんて渾身の力を込めて咆哮し、ペントハウスの裏から飛び出したい気分だったが、そこで我に還る。
なんで駄目?
こんな風に思うのは、とめ吉が変なことを言った所為だ。
見てはいけない、それはわかっていた。
でも映画のラストシーンを見逃すことなんて誰もが嫌なこと。
くるみの心境は今正にそんな感じ。
見ずにはいられなかった。
じりじりと、あゆみが海との距離を一歩一歩詰める。
宝石か、なんてツッコミたくなるほど潤んだ瞳は美しく。ウェーブの掛かった彼女のショートの髪からびっくりするくらいシャンプーの良い匂いがする。
どんどん近づいてくる唇はどこか艶があった。
屋上に来る前に言っていた、「新しいリップ買ったんです!」なんてあゆみの台詞が海の脳裏で微かに浮かび上がった。
なんだこいつ。
こんなに可愛かったっけ…。
「好きです。海先輩…」
あゆみの声が掠れている。
二人の距離が縮まる。
海の腕をあゆみの小さな手が掴む。
あゆみが背伸びをする。
「ちょっ、待っ…」
問答無用。
二人の吐息がぶつかる。
唇が。
「好きな奴がいるんだっ!」
「…えっ?」
ゆっくりと離れた。
「…ごめん」
そのたったの一言で。
あゆみの潤んだ瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
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