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 蝶々喃々(ちょうちょうなんなん)と話をする男女、机を囲んで円を作る女子、携帯片手にとぐろを巻く男子。  手を繋いで下校するカップルが通り過ぎる廊下の窓からは、コルク制の公式ボールを金属のバットで弾いた金属音が響く。  白いユニホームを泥だらけにして活気のある声を上げる運動部員達は、次の大会に向けて鋭意していた。  ブラスバンド部の演奏が心地よく校内を駆け回る、どこにでもある放課後の風景。  騒がしい奴とは、どんな時代にもどんなクラスにも男女関係なく居るものだ。  あぁ…。  今日はいつになくしつこいな。 「帰るな!俺の話はまだ終わってないぞ!」 「お前のはな。俺のはもう終わった」 「いつからそんな心の狭い人間になった!」 「いつもと変わらん」 「一世一代の大勝負なんだぞ!」 「スケールを大きくするな」 「海には夢がないのか!」 「お前のは夢じゃない。欲望だ」 「これを逃したら一生後悔することになる!」 「ならん。一生がどんだけ長いと思ってんだ」 「俺の気持ちを汲んでくれ!」 「…その言葉そっくりそのまま返す」 「返すなよ!受け取れよ!!」 「しつこいぞ龍!たかが合コンで何熱くなってんだ…」  教室の扉を結構な勢いで開けた海は、早歩きで一階の下駄箱へと向かっていた。  その後ろを、馬鹿でかい声を張り上げる金髪の男の子が、もの凄い形相で追いかけてくる。  誰かこの人を通報して下さい。  「榊 龍」(さかきりゅう)とは、中学のときからの友達で、所謂(いわゆる)腐れ縁だ。  名前からして不良っぽい名をしている。  そう、皆さんのご想像どうり不良である。  金髪の頭を整髪剤でつんつんにして服装はどっからどう見ても校則違反の模範。  Yシャツは馬鹿みたいにはだけていて耳にはピアス、両腕にはじゃらじゃらと幾つものブレスレットやら数珠を付け、ズボンは裾をかなり捲りあげているし、上履きは最早サンダルという自由気儘過ぎるスタイル。  誰かこの人を逮捕して下さい。  今はこんな感じのど不良だが、昔は苛めを受けた過去を持つ。  龍は海に大きな借があると思い込んでいる。  思い込む、というのは可笑しいかも知れないが、当の本人は恩を売ったつもりは毛頭ないのが現実だった。  中学に上がって直ぐのことだ。  結果から言うと、海は龍を苛めから救ったわけではない。  ただ発破をかけたのだ。  逃げてばかりの臆病者!腰抜っ! と。  苛めのストレスが爆発したのか、友達でもなんでもないクラスメイトに馬鹿にされたのが余程悔しかったのか、苛めの辛さを何も知らない海が許せなかったからか。  何故かはわからない。  けれども当時の龍は、海に襲い掛かってきた。  ぐちゃぐちゃの泣き顔で。  このとき、海は容赦なく龍をぼこぼこにした。  力の差は歴然だったし、三歳から空手をやっている海が勝てて当たり前なのだが、龍は海の予想を遥かに上回るほどに、不思議なくらい強かった。  だからぼこぼこにした。  本気になった。  じゃないと、ぼこぼこに出来なかった。  血の付いた歯を食いしばり、仰向けの状態で右腕で目を覆い、龍は何度も、こう呟いた。 「ちきしょー…。強くなりてぇー…。」  だから、言ってやった。 「お前強いよ。今度あいつらぶん殴ってみろ…。」  それから暫くして、学校である事件が起きた。  誰もが耳を疑った。  龍が苛めっ子をトイレでぼこぼこにしたのだ。        
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