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「あんなに、近くいて...」 英の脚がゆっくり、海へと歩を刻む。 「あなた...?」 ...何を、するつもり? 殺意を持って。 そんな言葉が枠に嵌る。 柚はそう感じ取った。 「手の届く、距離に居て...」 動けない。 英の迫力に。 違う。 やってしまったことの、恐ろしさに。 「君程の、守る...力がっ!!ありながらぁ...」 英の震える手が、海の胸倉を容赦なく掴む。 どんな試合相手よりも強いと感じてしまう手の力。 震えが、怒りなのか悲しみなのか。 英の感情が読めない。 「あなたぁっ!!」 柚が叫ぶ。 英は止まらない。 「どうしてぇーっ!!!」 「うぅ、う...」 今...わかった。 俺は... ...俺はっ!! 胸倉を掴む英も。 掴まれた海も。 両者の。 止めどなく流れる、涙。 「あの子を助けてぇ...くれなかったぁぁぁっーー!!!」 流れた時間と、最愛と呼べる存在。 共に過ごした架け替えのない日々の圧倒的な価値。 人の価値とは、その人が死んだ時に漸くわかる。 くるみの植物状態。 死、よりも。 悲しみは深いのかもしれない。 「何を、何を言ってるのよ!!やめなさい!離しなさい!和泉くんが何をしたっていうのぉー、この子だって被害者なのっ!ここにいる人は誰も悪くないのに、どうしてあなたが和泉くんにこんな酷い仕打ちをするのぉぉ...、、、やめてよぉ...もう、やめて...」 英の行動に一番驚いたのは柚だったのだろう。 海の胸倉を掴んだ直後、柚は英の背後から服を掴んで、海から離れるように全力で引っ張った。 それでも海から離れない夫の背中を何度も叩く。 初めは強かった叩く力も、喋り叩きを繰り返す内にどんどん力を無くしていった。 「う、うぅ...。あぁぁぁぁぁ、あーーーーーーーーーーー!!!」 くこが大きな声で泣く。 柚も崩れ落ちた。 「くそ...」 掴んでいた胸倉を、英は悔しそうに離す。 「娘を...返せ」 海に言ったのかも知らない。 そうじゃないのを咀嚼しようとしても。 不可能だった。 くこの泣き声が痛い。 ここに、居られない。 俺の...所為だ。 逃げるように。 海は病室から。 走り去った。
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