82人が本棚に入れています
本棚に追加
「あんなに、近くいて...」
英の脚がゆっくり、海へと歩を刻む。
「あなた...?」
...何を、するつもり?
殺意を持って。
そんな言葉が枠に嵌る。
柚はそう感じ取った。
「手の届く、距離に居て...」
動けない。
英の迫力に。
違う。
やってしまったことの、恐ろしさに。
「君程の、守る...力がっ!!ありながらぁ...」
英の震える手が、海の胸倉を容赦なく掴む。
どんな試合相手よりも強いと感じてしまう手の力。
震えが、怒りなのか悲しみなのか。
英の感情が読めない。
「あなたぁっ!!」
柚が叫ぶ。
英は止まらない。
「どうしてぇーっ!!!」
「うぅ、う...」
今...わかった。
俺は...
...俺はっ!!
胸倉を掴む英も。
掴まれた海も。
両者の。
止めどなく流れる、涙。
「あの子を助けてぇ...くれなかったぁぁぁっーー!!!」
流れた時間と、最愛と呼べる存在。
共に過ごした架け替えのない日々の圧倒的な価値。
人の価値とは、その人が死んだ時に漸くわかる。
くるみの植物状態。
死、よりも。
悲しみは深いのかもしれない。
「何を、何を言ってるのよ!!やめなさい!離しなさい!和泉くんが何をしたっていうのぉー、この子だって被害者なのっ!ここにいる人は誰も悪くないのに、どうしてあなたが和泉くんにこんな酷い仕打ちをするのぉぉ...、、、やめてよぉ...もう、やめて...」
英の行動に一番驚いたのは柚だったのだろう。
海の胸倉を掴んだ直後、柚は英の背後から服を掴んで、海から離れるように全力で引っ張った。
それでも海から離れない夫の背中を何度も叩く。
初めは強かった叩く力も、喋り叩きを繰り返す内にどんどん力を無くしていった。
「う、うぅ...。あぁぁぁぁぁ、あーーーーーーーーーーー!!!」
くこが大きな声で泣く。
柚も崩れ落ちた。
「くそ...」
掴んでいた胸倉を、英は悔しそうに離す。
「娘を...返せ」
海に言ったのかも知らない。
そうじゃないのを咀嚼しようとしても。
不可能だった。
くこの泣き声が痛い。
ここに、居られない。
俺の...所為だ。
逃げるように。
海は病室から。
走り去った。
最初のコメントを投稿しよう!