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届かなかった言葉。
後悔。罪悪感。憎しみ。悲しみ。
それらを人は、簡単には払拭できない。
想えば想うほど感情の抑えがきかなくなるのを、あのとき「海」は知らなかった。
本当の苦しみ。
「帰ってきたんだ…」
病院の待ち合い室。
日曜日の午前中には年配の方々しか目に入らない、二人がけのソファーの上。
背凭れにどっかりと体重を預けた海は、真っ白な天井を見上げながら小さくほくそ笑んだ。
「お待たせ!」
見るまでもなかった。
声をかけてきたその女の子が、一体誰なのか。
いつもと変わらない赤みを帯びた頬、薄いピンク色の唇、大きなビー玉のような瞳、しなやかな髪の毛。
無理をして履いたヒールの音をコツコツと響かせながら、女の子は海に手を伸ばした。
「帰ろ!」
細く、指の長い綺麗な手を。
「あぁ。もう用事は済んだのか?」
「うん…。これでいいの」
女の子が照れ隠しの笑みを浮かべ、ちらっと白い歯を覗かせた。
手を握り、海がソファーから立ち上がる。
女の子の手は、とても温かかった。
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