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ある時は首の多い犬、またある時は耳の無い兎、またまたある時は牙のある蛙、またまたまたある時は嘴がない鳥など、ろくでもないものが見えるようになってしまった。
だかしかし、今まで見えてしまったものの中に口を利いた事例はなく、今回が初めてのケースだ。
そう、この猫以外。
「早く行けば、学校…」
明晰にくるみのことを侮蔑している猫の声。
そもそも何故学校に行くことをこの猫は知っているのか、くるみの中でその疑問が大いに駆け回り、焦りと迷いのお陰で疑問に拍車がかかる。
綺麗な形の良い眉毛が八の字になった。
「ど、どうして学校だと…?」
「はっ?お前馬鹿なの」
なんだろう。
こいつはこんな言い方しかできないのか。
「馬鹿じゃないです!」
「あらそう。じゃあ行ってらっしゃぁーい」
初めて猫に対して覇気のある姿勢を向けたくるみを無視し、猫は面倒くさそうに踵を返した。
ひらひらと揺れている八本の尻尾がまるで人間の手のように、くるみをあしらっている。
勿論くるみが納得するわけもない。
「な、なんですかそれ!」
「それって?」
くるみの顔は既に真っ赤である。
猫は瞬きをして、本当に不思議そうな子供のような表情で顔だけをくるみに向ける。
ここまで悪気無しにやられると、もう怒る気も失せるというものだ。
「もういいです!」
「敗北を認めるのな」
いちいち、癪にさわることをこの猫は普通に口にする。
人間をゴミか虫のような扱い、それでいて一切の悪気がない。
猫の癖に。
「敗北って…。私がいつ敗けを認めたというんですか!」
不思議と、思ったことを言える。
この猫には。
「パンツ見えてるぞ」
びっくっとして、思わず両手でスカートを下にひっぱり押さえ込む。
猫はそんなくるみの慌てぶりに嬉しそうな悪戯な笑みを浮かべると、彼女の反撃が来るのを予測していたのか、有無を言わせぬ早さで消えてしまう。
煌々とした、雪の結晶を想像させる輝く粉のようなものと、幼稚園児が言いそうな悪口を吐き捨てて。
「嘘だよ!ばぁーか!」
今日が、その始まり。
くるみと、この悪辣な猫との、短く儚い、悪戯な一時が。
「な、なんなんですかぁー!」
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