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忽然と現れたあの猫のことを、いつもの幽霊だと咀嚼しながら住宅街を抜ける。
住宅街を抜けると大きな二車線の国道から車がびゅんびゅん通り過ぎた。
近くに信号が無いせいであろう。
どの車も法廷速度を明晰に越えているように思えた。
くるみは誰とも目を合わせず、虎視眈々と歩道の隅っこを歩く。
誰ともぶつからないように。
暫くすると向かって左手に見えてくる、噴水のある大きな公園。九月の下旬ともなるとテラスにお客さんの姿がなくなる洋風なカフェ。
それらを越えて学校の最寄り駅を過ぎると、あとは細い枝道を一本左折して五分もしないところに、くるみの通う学校はあった。
何事もなく校舎の門を潜る。
そう、そのはずだった。
くるみがさっと電柱の陰に身を隠す。
追加でコピーをする書類を上司に五百部以上デスクに叩きつけられたサラリーマン顔負けの、とてつもなく嫌な顔で電柱に身を隠したのは、学校まであと三分とない、放物線を描いた小さな橋の手前だった。
どうして朝から、こんなことに。
泣きたかった。
嫌、泣いていた。
そういえば…。今日占い最下位だったな。
くるみはその場で、耳を塞いで縮こまっていた。
「やめて…。離してください」
覇気の無い弱々しい声が、橋の上で粛々と風に流される。
続いて聞こえた男の声は、くるみの肩をびくっと震わせた。
「良いじゃん。学校なんてサボってさ、俺らと遊びに行こうよ」
「嫌ぁ…」
「絶対楽しいから」
楽しいか楽しくないかはお前らの決めることではない。
そんな悪態を心の中で叫び、くるみは電柱の陰からナンパ男を睨み付けていた。
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