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「その手、離してくれませんか…」
唐突に聞こえてきた声にナンパ青年も含め栞も機敏な反応を見せた。
だが、声を掛けてきた男の子が一人であることと、彼の表情が怒りの欠片もないスマイルだったため、ナンパ青年二人の口元に顰蹙をかう笑みが浮かんだ。
「んだよっ学生かよ。マジびびった」
ナンパ青年二人が顔を見合わせ失笑する。
栞の手首を握ったままだ。
「おいおい、今時流行らねーぞ、そういうの。可愛い子の前でかっこつけたいのはわかるけどさ、今はやめとけって」
右手で後頭部辺りをぽりぽりと掻き、左脇に何も入って無さそうな薄っぺらいスクールバッグを挟んで左手をポケットの中に入れている。
男の子の姿は初めのスマイルがなんだったのかわからなくなるほど面倒くさそうで、今にもナンパ青年二人を唾棄しそうだった。
栞は相変わらず嫌々をしているが、男の子が来てからは畏怖が一切無くなったみたいな、ただただ駄々を捏ねる子供のような嫌々をする。
安堵。
その言葉がぴったり枠に嵌まる印象。
「その手、離してくれませんか…」
同じ問。
だが、声のトーンが違う。
スマイルも消え失せていた。
栞の嫌々が止まる。
「はっ?…。言ってもわからねーか?」
ナンパ青年Aが栞の手首を離して男の子に歩み寄り、指の骨をぽきぽきと鳴らす。
離した栞の手をナンパ青年Bが拘束するが、栞は逃げようとはしない。
それどころか。
「早く逃げて!お願い!」
ナンパ青年Aと男の子に向かって高い声をあげた。
向かって来るナンパ青年Aを見て、男の子は大きな溜め息を吐き捨てると俯き気味に再度後頭部を掻く。
明晰に嫌気を漂わせた。
「…面倒くせぇ」
ナンパ青年Aはもう男の子の直ぐ目の前だ。
「お願いお兄さん、あの人を止めて。大変なことになる」
理にかなった反応なのかもしれない。
栞は、ナンパ青年Bの上着を掴み懇願する。
もしも知り合い、または知っている男の子が自分の所為で争いに巻き込まれるとしたならば、当然逃げて欲しいしこの出来事を止めてもらいたい。
けれども、栞の反応は何かが違った。
「無理だよ。残念だけど、あーなったあいつは止められない。あいつ、ボクシングの元プロだぜ」
嬉しそうなナンパ青年B。
だが、彼の表情は凍りつくことになる。
青菜に塩。
「違うの!そっちじゃない!お兄さん、和泉海を知らないの!」
スドンっ!!
ナンパ青年Bが、海の名を聞いたのも刹那。
栞の健闘も虚しく、ナンパ青年Aの大きな身体が、凄絶な勢いで二人の足元へと転がってきた。
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