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「こんな日もあるよ」
とノーベル住宅会社の片桐は恵里にいった。片桐は頭髪が薄くなりだした五十代になろうとしている男性正社員である。
「野沢さん、今日は土曜日だし、ご主人お休みで家でお待ちでしょう?」
そのことばに恵里は心の中で舌打ちした。夫の信之は今朝長野へ出かけたのだ。むこうは上天気らしい。こっちは仕事なのに、と悔しい。
「いえ、今日は同僚とゴルフですって。1泊です」
「じゃ家にいないの?」
「そうです」と忌々しく答える。
朝、夫が大騒ぎして、仕方なくゴルフセットをクローゼットから引きずり出した時腰に衝撃が走ったのが、じくじくと尾を引いているせいだろう。
「えーと。それじゃ。頼んでもいい? ぼく、これからやり残したことを会社に戻ってやりたいんで、あとは一人で担当してもらってもいい?」
「あー、いいですよ」
「もう今日はお客様来ないと思うし、こんな日のご成約は絶対にないだろうし」
そう、こんな雨の日は誰もが高価な買い物をする気になれないだろう。
「わかりました。定時に上がり、電気だけブレーカーおとしてカギ閉めて帰ります」
「悪いね。じゃ、頼んだよ」
片桐がそそくさと出ていったのは午後2時すぎだった。
「お疲れ様でした」
やたら背の高いドアで見送ると、恵里はハアア、とため息をついた。
「あー。五時まで暇だ。」とつぶやく。
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