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このモデルハウスのある住宅展示場は、警備が一番簡単だからという理由で、まとめて電気をシャットダウンしているということを思い出したのだ。
閉鎖するのは午後八時。警備会社が大元の電源を切り、場内のゲートを厳重に容赦なく封鎖する。
住宅展示場は原野の中で真っ黒なし遺跡のように横たわるのだ。
恵里は自分がその中にたったひとりで取り残されたことがわかった。
「た、、たすけ、たすけて」
もちろん、そんな声は誰にもとどかない。
スタッフ用駐車場の自分の軽自動車まで何とか行こう、と恵里は思った。
玄関のドアを開ける。雨は上がっている。月はなかったし雲が厚かったが、外はハウスの中よりはほのかに明るい。30キロ余り向こうにある市街地の灯りが森林の隙間から、ろうそくの光のようにかすかに見えた。
内股でそろそろと歩き出す。鍵は後でかければいい。今はそれどころじゃない。
切迫した事情。それは
尿意だった。恐怖と、それから緊張による尿意。生理現象による尿の蓄積。モデルハウスのトイレは当然使用できなかったのだ。
この仕事で一番の欠点はそれだったのだ。モデルハウス内は水を引いていないので排泄物を流せない。社員と交代でとる昼休みに、総合案内所のトイレを使用することになる。恵里はトイレの間隔が長い方だったので、それでも大丈夫だと思いこの仕事に就いた。
モデルハウスは本当にままごとセットのような作りだった。
生活感を感じさせずに、生活感の想像力を最大限に喚起させるハウス。
「ああ、もれちゃう」
総合案内事務所は当然鍵がかかっているだろう。恵里は見切りをつけている。
頼みの綱は、あそこだ。スタッフ用駐車場に隣接している林。あそこなら、アンモニアの痕跡があっても集客に影響はないはずだ。というより、もう体裁などどうでもよかった。
わずかに残る羞恥心が恵里をその聖地に駆り立てる。
「あそこしかない」
よたよたと歩くと駐車場に恵里の軽自動車がぽつんと残っているのが見えた。
膀胱がこれ以上耐えきれないと思うくらい我慢を重ね、けいれんに耐え、
目指す場所にたどり着いた。
ショーツを下す瞬間ぱっと光がさした。
真昼のようにあたりが明るくなった。明転だ!
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