第二話「いなくなった」

3/8
661人が本棚に入れています
本棚に追加
/219ページ
 小学校四年生だった私は、リビングでのんびりとソファに腰かけてテレビを見ていた。キッチンから小気味よく俎板を叩くリズムや、シンクに水が伝う音がBGMのように鳴っている。  当時は運動会の練習に明け暮れる毎日。おひさまの陽気に長いこと当てられた私は、心地よい疲れをシャワーで洗い流したあとということもあって、ぼんやりと眠気に誘われていた。  大好きなアニメ。でも、ストーリーが頭に入ってこない。  何とか意識を食い止めようと、唇を軽くかんだ瞬間。背後から足音が迫ってくる。無機質に、スリッパが床を擦る音。なぜだか分からないけど、その調子は異質に感じた。きっと母なんだけど、母じゃないみたい。  気配が背中の真後ろで止まる。目を擦らせながらゆっくりと振り返ると、鬼のような形相で私を見下ろす母がいた。手には包丁が固く握られていた。 「私の悪口・・・・・・言ってたでしょ・・・・・・聞こえてるんだから・・・・・・」  驚いた私は、恐怖のあまり泣き叫びながら裸足で家を飛び出した。ばらばらになりそうな手足を必死で動かしながら、呼吸をかき乱し走る。疲れ切った私は、隣町の知らない通りで我に返った。往く当てもなくとぼとぼと車の行き交う路肩を歩き続け、公園のトイレで野宿をして、夜回りをしていたお巡りさんに見つかった。 「ごめんね。私ったら勘違いしちゃって・・・・・・」     
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!