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やっと指に絡まったフォークを握りしめ、地上に身体を起こして腰を落ちつかせた私は、ぎょっとして再びフォークが掌から零れ落ちた。
震える唇。酸素を失ったかのように、血走った目。ぎょろぎょろと蠢く視線。ぶつぶつと何かを呟いたかと思えば、突然スプーンをテーブルに叩きつけながら立ち上がった。ずんずんと向かった先は、窓際の席にいた無関係な若いカップル。持っていたグラスを投げつけ、掴みかかったのだ。
「お前なんかに・・・・・・お前なんかにやられてたまるか! 殺す! 殺してやるからな!」
支離滅裂なことを叫びながら大暴れした母は、周囲にいた人や店員さんに取り押さえられて。すぐさま駆けつけた警察官に連行され、そのまま自立支援施設へと入所することになった。
私と兄は、母を失った。いや、母から逃れられたのだと、当時の私は素直に思った。
祖父の家に身を寄せることになった私たち兄妹であったが、そこでの暮らしは私の人生でいちばん穏やかな日々であった。祖父の家は、本土からフェリーで三十分ほどの、都市から最も近い島にあった。
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