プロローグ

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 私のお盆には一杯のアイスコーヒーがぽつんと乗っていて、傍らには空になったクリープが首を(もた)げている。ストローの袋は指先で粉々になるまで千切って千切ってを繰り返し、自動ドアが開いた拍子に一斉にひらりと飛んでいった。 「う~ん、そうだな。例えば・・・・・・アリ。群れからはぐれたアリがどうなるのか。知ってる?」  ストローでコップ中の氷をかき混ぜながら、美樹が小さく首を振る。 「アリは人間と同じなの。常に家族で協力して暮らす社会性をもった生き物だから、ひとりぼっちになると行動や振舞い方がわからなくなるの。消化器官が衰えて食欲がなくなって、エネルギー不足の状態で無駄に歩き回り続けてさ」 「ふうん。それで?」 「死に急ぐ。群れからはぐれたアリは、死に急ぐの」  美樹はハンバーガーの包み紙をぐしゃっと丸め、机越しに身を乗り出して私を指さした。 「見張っておく必要があるわけだ。群れからはぐれた二十二歳のオスのニートが。勝手に死に急がない様に」  美樹の突っ張った顔を片手で阻止すると、頬が絞れて唇が飛び出す形になり、少し笑った。動じない美樹は何事もなく着席すると、下唇をだしながら薄くため息をついた。それはまるで煙草を吹かすように。 「あなたである必要はないんじゃない? あなたはあなたの人生であるべきだと、わたしは思うのだよ」  私は真似をして煙草をふかした。世にはびこる大人たちのように。 「仕方ないじゃない。兄妹なんだから」     
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