第一話「空気」

2/10
661人が本棚に入れています
本棚に追加
/219ページ
 額に汗を溜めたドライバーたちが忙しなく出入りする集荷場には、ときに怒号に似た叫び声がこだまし、空気が張り詰める。それは次々と持ち込まれる荷物と山のような伝票処理に忙殺される事務所内も同じで、ふたりが休憩から戻ったときにはすでにここ最近の恒例行事が始まっている。薄いため息を交わした私たちは、まるで空気のようにしれっと定位置につき、我関せずと作業を開始する。 「これで何回目? どうして同じミスを繰り返すの? 分からなかったら聞けばいいじゃない! 勝手に判断するからこういうことが起こるのよ。わかってる?!」  主任の声は甲高くて耳につく。四十代半ばにして独身の彼女は、思い通りに事がいかないと眼球が血走ってヒステリーを起こす。潤んだ目で力なく消え入りそうな返事を繰り返しているのは、二週間前に入ったばかりの新人アルバイトのケイちゃんだ。  そうだ。目を細めなくたって見えている。恐らくいまこの場の空気の八割を支配しているのは主任の”いらだち”であって、残りの二割はケイちゃんの”あせり”であろう。ほんのほんの気持ち程度に、美樹の”むかんしん”と、私の”へきえき”が混ざっている。  運送会社の受付の業務は、時給が高い。しかし、とにかく覚えることが多いわりに教える余裕が全くなくて、概ね新人は主任のいびりの対象になる。受付と言っても、単純な荷受けだけでない。お客さんやサービスセンターからの問い合わせや荷物の引き取りに対応したり、荷物の転送返品作業、パソコンへの情報入力と、業務内容は多岐に渡るからだ。     
/219ページ

最初のコメントを投稿しよう!