第一話「空気」

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第一話「空気」

 日本語は難しい。  ”空気を読む”という言葉は、私をいつもげんなりさせる。空気は飲むもんでも食べるもんでもなく、ましてや読むものでもない。確かにそこに存在するものではあるが、普段は意識すらしないものだ。  じゃあ、空気って何で出来ているのか。答えは理科の教科書を開くか、グーグル先生にでも聞けばいい。”ちっそ”が七割で、”さんそ”が二割。”あるごん”とかいう耳なじみのない成分が一割で、ほんのほんの気持ち程度に”にさんかたんそ”が混じっている。知ったところで私が息を吸う量は変わらないし、偉くもなれない。そんなことは分かっている。  でもでも。いまこの空間に渦を巻く感情とやらを可視化できるのなら。それならば是非知ってみたい気がする。  私と美樹はなかなか休憩がかぶらない。それ故、稀に作業割り当てが奇跡を起こしてくれたときは迷わずふたりは目配せをして、あのカフェに繰り出す。月にほんの一、二回くらいのささやかな贅沢であり、オアシス的な存在である。要するに、この職場はそれくらい忙しい。     
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