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「クッソォオオ!!」
彼の拳に私は抵抗しなかった。
「クソッ!クソッ!!」
一つ一つに重い身体を揺らした。それなのに私は痛みを感じない。湧き出る傷みが私を塗り替えられていくからだ。
「クソッ!クソ…………」
私の服は赤く染まったいた。彼の血だ。傷ついても収まることのない熱が拳からひたたりおちていたのだ。
「なんで……なんでなんだよぉ…………」
私はそっと彼を抱き締める。
「大丈夫。お父さんは帰ってくるよ」
彼は何も言わなかった。それでも震える肩に言葉以上の物を感じた。
「どんなに苦しくても、辛くても、死んでしまいたいくらいに身を傷つけられようと」
何もない人は自分だけのために生きるのだ。
「帰る場所があれば絶対帰ってくる」
だが、一がある人は自分と一のために生きる。
「それなのに、あなたがいなくなっちゃったらお父さんは何処に帰ればいいの?」
一は時に自分を縛る鎖になるだろう。
「待とう。私達が出来るのはそれだけだよ」
だがそれは鎖を先に一がいるということだ。切れることがない鎖が私とあなたを繋ぎ止めているということだ。
「帰ろう」
彼は差し出した手をとってくれた。
片手で顔を覆い、声を塞き止めるように歯を食い縛っていた。
それでも、彼は私の手をとったのだ。傾いた天秤に自分の無力さという不透明なおもりを置き、必死に自分を制したのだ。
私は彼の手を引くだけで、何も言えなかった。口を開けば弱さを晒してしまいそうで恐かったのだろう。そんな情けない理由で彼に慰めの言葉すらかけてあげられない。
きっと、私は彼に殺される。
ナイフで一突きか。鈍器で殴られるか。水に沈められるか。斧で切り伏せられるか。慰みものにされ捨てられるのか。考え出したらきりがない。
その全てを受け入れよう。彼が出した選択が私の答えになる。復讐の業火に焼かれる牛になろうではないか。
希望を与えるということはそういうことだ。
空が黒く染まっていく。遠くの山の裾から覗く太陽は私を赤く染め上げる。溶けた蝋のようにまとわりついて背中を重くした。
茨の記憶は消えることはない。
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