事件当日・双見雄二

2/2
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 包丁が、音を立てて僕の腹から引き抜かれる。それと同時に、僕は畳の上へと倒れこんだ。服、そして畳に血が滲んでいくのが分かる。刺された部分が、チカチカと熱い。目が回り、焦点がどこにも合わなくなる。 彼女は、僕の腹から抜いた包丁を構え、僕の体を跨いだ。そしてゆっくりと前の方へ、にじり寄っている。彼女の怒りと恨みに満ちた表情は、薄暗い部屋の中でも、はっきりと分かった。  外の方では、花火が次々に上がっている。ドンドン、という大きなはずの爆発音ですら、僕の耳には遠のいて聞こえていた。窓から差し込んでくる花火の光は、彼女の瞳を照らし出す。赤、緑、黄と彼女の目は様々な色を反射させ続けていたが、瞳の奥に渦巻いた黒いものは、とうとうその色を変えることが無かった。 「ぐっ……」  必死に声を絞ろうとするも、短い呻き声が漏れるだけだ。  僕は彼女を止めようと、必死に手を伸ばす。しかし、上手く力が入らない。朦朧とする意識の中で僕は考える。何故こんなことになってしまったのか? 誰のせいだ? 僕のせいだ。だとすると、僕はどこで間違えた? いや違う。これはきっと、あの人が仕組んだこと……。本当は気付いていた。あの人のうなじを見た瞬間に、気付いていた。僕の間違いすら、あの人にとってはきっと計算の内だった……。  彼女は叫んで、包丁を振り下ろす。肉の裂ける音が、かすかながらに聞こえてくる。僕は彼女に同情し、そして同時に懺悔した。 その時、身体からスッと力が抜けた。熱いほどの痛みも、嘘のように消えてしまった。そうか、これが「死」なんだ。僕は今から、死ぬんだ。  花火の音が、段々と小さくなる。瞼が重い。せめて最後に、彼女の姿を見たい。僕は目を開こうとする。  その瞬間、視界が闇に包まれた。花火の音は、もはや全く聞こえなくなった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!