見えない、動けない

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 音はどんどんAの頭の方へ近づいて行った。やがて畳を這い回るようなズルズルという音に加え、吐息と思わしき「はぁはぁ」という苦しそうな音も聞こえてきた。  Aは恐ろしくてたまらず、動かない瞼の隙間から涙を流すことしか出来なかったが、そんなことなどお構い無しに音の主はじわりじわりとAに近づいて来る。  最終的には耳元に生暖かい息が掛かるまでになった。辺りには血のような鉄臭いまで立ち込めていたらしい。  Aはなんとか涙を引っ込め、懸命に寝たふりをした。しかし―― 「オマエ、起きてるだろ」  地鳴りのような、低い男の声だった。  もちろん、Aはそのまま動かなかった。男が話し掛けてきたのはどういうわけかその一言だけだったが、彼女はいつまで経っても男がまだ耳元にいるような気がしてならなかった。 暫くの間耐え続けると、やがて何も聞こえなくなり、人の気配も消えたそうだ。だが、金縛りの状態は明け方までの数時間、ずっと続いたという。
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