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男は正眼に剣を構え、その矛先で同じように構えを取る青年を見据えた。
その表情から読み取れるのは覚悟。
刺し違えてでも、己を打ち破ろうとする確固たる決意だった。
「もう一度訊くぞ? 本当にこれでいいんだな?」
青年はこれが答えだと言わんばかりに地を蹴り、男に向けて紫色の歪な剣を振り下ろした。男は冷静にその刃を弾き返すと、何かを呟く。
男の呟きに呼応して、どこからともなく手元に現れた大きな本――魔導書に手を翳す。
――スペル、“ヘルフレイム”
男の左手から溢れ出す灼熱の業火。
青年の姿はその火炎の中に消え、辺りは瞬く間に火に包まれる。
「ギヒヒッ!!!」
前方180度、ほぼ死角なく放たれた炎のほんの僅かな隙間を縫って飛び出してきたのは、紫とピンクの歪な縞模様が特徴的な猫だった。
妙に人間らしさを覚えるその猫は右腕を紫色の刃に変形させ、男に襲い掛かる。
「ちっ!」
男は間一髪でその刃を自らの剣で受け止めると、すぐに猫を蹴り飛ばした。
同時に、後背にもう一つの気配を感じる。
「小賢しい……ッ」
男は脇腹あたりに刻まれたタトゥーに手を伸ばす。
――スペル、“雷鳥”!!!
稲妻が迸り、男の背後に今まさに斬りかかろうとしていた青年は青い雷によって弾き飛ばされる。
「力の差は歴然だ。これ以上、戦う意味があるか? ハル」
全身が青い稲妻によって形成されている魔獣、“雷鳥”を脇に携え、男は青年を見下ろす。
「イベントリー、“隼の剣”」
青年がキーワードとなるその言葉を口にすると、魔導書が手元に現れ、そこから一本の剣が手品のように生え出る。
口元の血を拭い、青年は魔導書から剣を引き抜いた。
「残念だ」
――ならば、引導を渡してやる。
そして、再び戦いが始まり、やがて青年は倒れる。
男の剣は青年の心臓を貫き、後には静寂が訪れる。
奇妙な猫が叫び、男は何も言わずにその場を立ち去る。
これは、この青年の物語――。
この青年が世界の巨大な歯車に飲み込まれ、そして、死ぬまでの物語――。
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