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「いやさ、オレは常々思うわけよ。なぜレディースディはあってジェントルマンディがないのか。」
少し肌寒い夜23時。満点の星空、とはいかず少し曇った空の下で、
俺と先輩は二人揃って映画館前の手すりに腰掛けていた。
「缶コーヒーどうぞ。」
先輩が好きな甘いコーヒーを差し出す。
先輩はサンキュ、と小さい声でお礼を言うと、缶コーヒーを受け取りプルタブを開ける。
一口飲んであちっと言った先輩は、缶コーヒーの湯気のせいで眼鏡が少し曇った。
それに気づいて手で曇りを取ろうとする先輩。
不器用で、鈍感な先輩。いつもと変わらない。
俺も先輩の隣に腰掛け、温かい缶コーヒーをカイロ代わりにして暖をとる。
かじかんで冷えていた指先が温かくなってくる。
缶コーヒーじゃなくてあの細い指に指絡ませて手繋いで温めあいたいなあ、
なんて考えながら先輩の話に相槌を打つ。
自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、俺と先輩は映画の感想を駄弁る。
それが映画を観終わった後の俺と先輩のいつものコースだった。
「そりゃ女性のほうが映画を観に行くからじゃないですか?暇な奥様方狙ってんでしょ。」
「男女差別とは言わないけどさ、あってもいいじゃんって思わねえ?」
「ジェントルマンディって語呂悪くないすか?」
「それは関係ないだろ。男だって安い値段で映画観に行きたいじゃん。社会人だと割高だし。」
先輩は手に持っていた缶コーヒーを握りつぶしそうな勢いで熱弁している。
よく映画館に行っているから出費が大変なんだと先輩が愚痴をこぼす。
だからこうして安い値段で映画を観ることができるレイトショーに来ているわけだ。
「レイトショーだと終電までしか映画の討論できないしな。
俺はもっと語り合いたいわけよ。」
……そこまで俺と一緒にいたいんですか?
なんて聞いたらこの人はどんな反応をするんだろな、そんな思いが脳裏を掠める。
「……あんまり会う機会もないですからね。」
俺と先輩は大学のサークルで一緒だった。今年先輩は一足先に社会人になり、
約束をしないと気軽に会えない距離感になってしまった。
もし映画がなければ、先輩が卒業した後こうして会っていなかっただろう。
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