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「え?いえ、全然それは無いです!」  慌てて手を振った私の顔は、少し赤かったと思う。  途中で一度起きた時に、この人がもたれかかっていることに気付いてはいた。  普段なら肘で押し返すところだけれど、そうしなかったのは、この人の髪からなぜか妙に良い香りがしたからだ。    安いシャンプーや整髪料と違う、海外の高級品のような。  それで、その香りで気持ち良く熟睡してしまったのはある、かもしれないけど。  改めて横目で見ると、顔だちは三十後半くらいで、スーツもきちんとしている。  うちの会社の、同年代の営業みたいにくたびれてなくて仕立ても手入れも良さそうなものだ。  その時、はっと頭に浮かんで私は言った。 「あの、ご家族は。帰り遅くて心配されてたりしませんか」  一瞬、きょとんとして、その人は笑った。 「いえ。独身なので。大丈夫です」
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