9人が本棚に入れています
本棚に追加
化かす
商売道具の三味線と、化粧道具の他はもう何も無い。
家財道具をすっかり売り払ってしまった家の中はがらんとして、ひどく殺風景だった。
手狭だと思っていたけれど、こうして見ると、随分広い。
おようは湯屋へ行って体を磨き上げ、それから、髪も洗うことにした。
熱湯に布海苔を浸けてどろどろに溶かしたところへ、うどんの粉を混ぜ込んで、熱いうちによく髪にすり込み、丁寧に丁寧に揉んでいく。
洗髪は、手間も掛かるし月に幾度も出来ない贅沢だけれど、何もかもを断ち切って、旅立つ日には相応しい。
今日という日はどうしても、最高の一番美しい姿でいたいのだ。だって、これが本当に最後、なのだから。
さっぱりとするとともに、僅かばかり心の中にくすぶっていた未練たらしい気持ちもすっかり洗い流されていくようで、なんだかわくわくしてきた。
あの人の驚く顔が目に浮かぶ。
最初のコメントを投稿しよう!