陰鬱な街

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陰鬱な街

どんよりとした天気のせいだろうか。 待ち行く人々は誰も、どこか憂鬱そうな感じに見えた。 こんなに爽快な気分でいるのは私だけかもしれない。 なにせ私は大金持ちなのだ! そして、どうやら記憶喪失でもあるらしい。 お金の事もそうだが、この街も。 なんとなく道は分かるのに、町並みにどうも見覚えがないのだ。 道の脇の至る所で、個人が露店を出している。 大勢の人々がひしめくように地面に商品を並べて、まるで町中がフリーマーケットのようである。 道行く自動車も少ない。 変わった街だ。 だからこそ気に入って移住したのかもしれない。 きっとその矢先に記憶を失ってしまったのだろう。 でも、全くと言って良いほど悲観的な気持ちが沸いてこない。 お金の心配は要らないし、言葉も思考もしっかりしている。 分からないのは過去だけだ。 お金さえあれば、それは必要ではない気がする。 「どれっ」 それよりも、私は誰かの何かの商品を買ってやろうと思い、露店の一つに近づいて行った。 と、そこの店主が品物の一つを取り上げる。 「あぁそうだ。この茶碗は良いものだから、ゲンさんに見てもらって来よう・・・・・・」 そうつぶやいて上着を羽織ると、どこかへ歩いて行ってしまった。 私が買ってやろうというのに、運の悪い店主である。 隣の露店に目を向けると、 「ちょっと待ってー! あたしも一緒に行くよ!」 そこの女性店主も、茶碗の店主に続いてゲンさんとやらの所へ急ぎ足で行ってしまった。 周囲に妙なざわつきが起こっていた。 まだ午前の9時30分だというのに、 「今日はもう店じまいとしよう」 と、荷物をまとめてクローズの看板を出す者や、 「トイレに行って来ようかな」 「今の内に買い物を済ませて来よう」 皆口々に言って、店から立ち去ってしまう。 違和感を感じながら真っ直ぐに通り歩きつつ、ふと振り返った時だった。 先ほどクローズの看板を出していた店が、再び荷物を出して、販売を再開しようとしているではないか。 その店主と目が合った。 彼は決まりが悪そうに、キョロリと逸らすと、何事もなかったように荷出しを続けた。 何となく分かってきた。 どうやら皆、私を避けている。 記憶を無くす前、金持ちであるのを良い事に、彼らを馬鹿にしたのだろうか。
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