母からの手紙

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***** (ヨンウォン皇子はボクシム先生と何をお話しているんだろう) 私は箒で庭を掃きながら、ヨンウォン皇子が何の用事で来たのか気になって仕方がなかった。 さっきから同じ場所を箒で掃いてばかりで、ちっとも掃除が進んでいない。 (あーあ、何で挨拶しなかったんだろう…) (ちゃんと笑顔でおはようございますって言えばよかった…) 王宮から戻って以来、ヨンウォン皇子は全く顔をみせてくれなかった。 数ヶ月ぶりに見た皇子は、濃紺の衣装がよく似合い、一段と凛々しく、妖艶で美しかった。 なのに。 皇子の顔を見た途端、心臓がドキンと大きな波を打って、鈍い痛みを発した。 同時に、胸の奥がキューっと締めつけられるように苦しくなり、私はびっくりして何も言葉を交わすことなく、逃げるようにさっさと屋敷の中へ入ってしまった。 (あーあ、せっかくヨンウォン皇子に逢えたっていうのに…) 自分の情けなさと後悔で、箒を持ったまま、はぁーと大きな溜息が出てくる。 「もう一回さっきの時間に戻ればいいのにな…」 再び大きな溜息をつきながら、私は塞ぎこむように肩を落とした。 「何が戻ればよいのだ?」 不意に後ろからヨンウォン皇子の艶っぽい声が降り注ぐ。 その声にドキッとして振り返ると、そこには穏やかに私を見つめるヨンウォン皇子の顔があった。 「お、皇子様…」 「実桜、何を1人でブツブツ言っているのだ?」 ヨンウォン皇子はクスッと軽く微笑みながら、尋ねるように私の顔を覗き込んだ。 「な、なんでもないです」 私は首を小さく横に振りながら、皇子の優しい眼差しに、思わず視線を下に落とした。 すると。 「実桜、急で悪いがこれから少し出かけるぞ」 「出かける?」 驚いてヨンウォン皇子に視線を向けると、皇子は「ああ」と優しい顔をして頷いている。 どういうことなのか分からず呆然と立っている私に、ヨンウォン皇子の後ろにいたボクシム先生が口を開いた。 「実桜、皇子様が実桜にお話があるそうじゃ。掃除はよいから、これから少し皇子様と出かけてきなさい」 ボクシム先生はそう言って、立ちすくんだままの私から箒を取った。 そして、 「実桜、自分の気持ちに素直になるのじゃよ」 と小声で呟き、ニッコリと微笑んで私の頭を撫でたあと、屋敷の中へと戻っていった。
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